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2010/01/10

デュラララ!!×7 /成田良悟

4048682768デュラララ!!×7 (電撃文庫)
ヤスダ スズヒト
アスキーメディアワークス 2010-01-10

by G-Tools


あらすじ

「僕は何もしてないよ。あれは、ダラーズみんなでやった事だから―」東京・池袋。この街の休日はまだ終わらない。臨也が何者かに刺された翌日、池袋には事件の傷痕が未だに生々しく残っていた。すれ違うことなく街を徘徊するクラスメイトの男女、弟に付きまとう女の動向を窺う姉、最強の男を殺すために強くなろうとする少女、兄のことなど気にせずひたすら無邪気な双子、今後の自分を憂い続けるロシア出身の女性、過去の未練にしがみつくヤクザな男、休日を満喫しようと旅行に出た闇医者、そして安心しきりの首なしライダーは―。さあ、みんな一緒に、デュラララ!!×7。



レビュー

収束しない群像劇。短編集とも云う。折原臨也の人間賛歌。

この作品を読んでいて、1つ考えた事が在る。
越佐大橋シリーズ・デュラララ!!シリーズあたりを読んでいると考えてしまう。成田良悟氏は、ユビキタス・コミュニケーションを面白い具合に表現しているのではないかと。
ライトノベルという存在を軽視する人もいるけど。時代の流れを汲んだ、ある意味においては、今らしい小説が生み出されるのも事実ではないだろうか。 ライトノベルは小説に足り得るのか、という話題を耳にしたばかりなので。そのような事を考えた。ライトノベルが、どうのこうの、という話題を置いておいてもだ。成田良悟氏の作品では、ユビキタス社会を上手い具合に表現している、と感じる。現実味が在るのだ。
今現在実現しており、日常生活に浸透しているコミュニケーション・ツール。それらを巧みに操り、物語の根幹と成している。携帯やネットを使うことによる、情報の交錯に現実味が在るのだ。近親感が湧く、とでも云えば良いのだろうか。

シリーズの第7巻を読んで。改めて認識した事が在る。これは愛の物語なのだと。歪んだ愛の物語だ。
スポットが当たらないだけで。深い愛を謳歌している登場人物が多い事を再認識させられた。勿論、それだけで今巻のお話が終わるわけではないが。
成田良悟氏お得意の収束感が味わえ無かった。収束しない群像劇。正しい認識を持って挑めば、短編集と云えば良い。ほとんど独立した話が収録されていたのだから。愛の話だったり、ヤクザ屋さんの話だったり、取り立て屋の話だったり、また愛の話だったり。最終的には折原臨也の人間賛歌。
池袋という狭い空間を描いているのに。この作品の面白味は減らないようだ。まだまだ破天荒な混乱を見せてくれそうである。

毎回思うことだが。遊馬崎と狩沢の会話には考えさせられる。
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□電撃文庫 | Comments(0) | Trackback(0)
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